アメリカの健康保険事情
最近ちょっとまじめに調べないとダメな状況になって、一晩かけてちゃんと勉強する機会があった健康保険について、その成果をまとめておきます。ちなみに僕は保険のプロじゃないのでなんかマジな話の場合はちゃんとその筋の方に相談することをおすすめします。あと今回は Medical Insurance つまり医療保険についてのみのお話で、歯医者さんなどについてはまた別の機会に1。
基礎知識
アメリカには国民皆保険制度がありません。
日本では殆どの場合、事業所が保険者となって知らない間に給与や賞与の額から決まる標準報酬月額になんか知らないけど厳しい医療保険の財政状況とかいって毎年あがる保険料率をかけた保険料額を社会保険として知らない間に給与から引かれて加入していることになっていると思います。殆どの場合は。
そういう仕組がアメリカにはありません。つまり、自由と自己責任の国アメリカでは健康保険に入るのも、入らないでそのリスクを取るのも自由やしあんたの責任やで、ということですね。
まあ、とはいっても健康保険に入ってないとなんかあった時にエラい目にあうので民間の保険に加入することになります。 会社勤めの場合は大抵その会社が Benefit として健康保険を用意してくれるのでそれに加入することになりますが、そこは自由と自己責任の国アメリカ。用意される保険プランも多様で、どんな保険にどんなオプションを組み合わせて加入するかみたいなのも自由やしあんたの責任やで、となるのでありました。
アメリカの健康保険を理解する上で大切な deductible という単語
保険とか税金とかその辺のことをどうのこうのするときに問題になるのが略語や通常と意味の異なる単語であって、まずそれらを理解することから始めます。健康保険の場合は、多分 deductible という単語の意味と使われ方を理解するのが最も大切だとおもわれます。
deductible の基本形、deduct を辞書で引くと、まさに引くという意味が載っていると思います。かっこいい言い方をすると控除する、という意味になります。最もよく使うケースは tax deduction で、納税する際に様々な課税対象となる所得などから deduction、つまり控除できるものを頑張ってかき集めて税金を安くする、みたいな会話で登場します。
こういう会話が頭にあると、あー、デダクトなんちゃらは多ければ多いほどオトク! とか思ってしまうんですね。 確かに税金の話題のときの deduction は多いほうがオトクです。しかし、そういう認識で健康保険の話を聞いてしまうとおおハマリします。
アメリカの健康保険でいうところの deductible の意味は、被保験者の負担額となる金額 指します。つまり、保険の自己負担額の事です。なんかあって保険が保険会社から支払われるとなったときに全額が保険会社から支払われるのではなく、一部自分でも支払うという、支払われる保険額からの控除額を示す単語なんですね。 だから、この単語が使われる際は、暗黙の主語は保険会社で、保険会社の支払額から、保険会社が差し引くことのできる額を示しています。
つまり! 保険の話をしているときに登場するデダクトなんちゃらは多いほど損ということになります。
ちなみに、殆どの保険で deductible が設定されていて、様々なケース、保険のプランに応じてその額、割合が変化するようになっています。これは多分保険の乱用を防ぐとかいう意味もあるんだと思います。
大量に登場する3文字略語
このブログを読んでる皆さんは多分インターネット関係のお仕事の方が多いはずですので、IP や TCP や UDP や SMTP や HTTP など様々な略語に親しみがあって、日々会話のなかで活用されていることと思います。 しかし、インターネット関係のお仕事ではない方からしてみたら、なるほど、チンプンカンプンなわけですがまったく同じことが保険用語でも言えます。今のところ僕が出会ってなんじゃらほいとなったのは、HMO、PPO、HSA、FSAであります。なので、これらを理解すれば保険選びが楽になるはずです。
HMO と PPO
HMO は Health Maintenance Organization の略で、保険維持組織と訳すらしいです。健康保険の種類の一種で、事前に決めた Primary Physician、つまり主治医を通してネットワークに参加したお医者さんとの間で医療サービスが受けられる仕組みです。どんな症状でも主治医を通して紹介状を書いてもらうなどして診察を受けるため素人の浅はかな判断で関係のない医者にかかるみたいなことがない反面、HMO はその保険のネットワークに参加していないお医者さんに診てもらっても保険の適用はされないという特徴があります2。
PPO は Preferred Provider Organization の略で、優先医療給付機構と訳すらしいです。健康保険の種類の一種で、基本、その保険のネットワークに参加したお医者さんで医療サービスを受けることになりますが、それ以外のお医者さんに診てもらっても保険の適用を受けることができるという特徴があります。Primary Physician を決めることは推奨されますが、必要事項ではありません。
じゃあどの病院にでもいける PPO のほうが便利かも? となるのですが、HMO と比べると PPO は殆どのケースで deductible が高く設定されており、かつネットワーク外のお医者さんの場合はさらに deductible が高くなるという感じになってます。なるほど、自由度が高い分リスクもあるちゅうことですね。
この HMO と PPO で会社で入る健康保険のほとんどがカバーされているらしいので、とりあえずこの2つの意味と違いを知っておけば問題ないでしょう。あと EPO、Exclusive Provider Organization という、PPO だけど、ネットワーク外のお医者さんには保険が適用されないというHMO との中間のような種類の保険もあります3。
FSA と HSA
さて、この FSA と HSA は面白いというか米国ならではだなあと思う仕組みです。これらは税金に関わっています。 日本と同じように、医療費に費やしたお金は課税対象とならないことがあります。そのためこれくらい医療につかうもんねーっていって事前に貯蓄することができる仕組みがあります。それが FSA と HSA です。
FSA は Flexible Spending Account の意味で、医療用の特殊な口座になります。FSA では1年でこなもん使うもんねーって決めた額を給与から毎月この口座にいれてこの口座から医療費の支払いや自己負担額の支払いを行います。 この口座のお金は非課税なのでその分税金がオトクちゅうわけですね。 あと普通の銀行口座みたいに VISA などが付いたデビットカードももらえますので、薬局での買い物ではこのカードで買い物したりします。便利。 しかし問題点があります。この FSA のお金、繰越ができません。つまり1年で使い切らないとダメっていうか、ダメじゃないけど損します。なるほど、うまく使えば便利ですが、下手に使うとリスクもあるよってことですね。
HSA は Health Savings Account の意味で、これも医療用の特殊な口座になります。FSA と同じく医療費を積み立てて、VISA などが付いたデビットカードももらえるので、それで医療品を買ったりして、口座から医療費を支払ったりするのですが、FSA との違いは1年で消えちゃったりしないという点にあります。しかも、その資金を運用できちゃったりもします。金利も付きます。しかも投資に対しては非課税だったり所得税控除の対象だったり、あら便利、ってことなんですが、まあ当然リスクが存在します。 じつは HSA の口座を開くためには HDHP な健康保険に入っている必要があります。HDHP とは、High Deductible Health Plan の意味で、deductible がある水準よりも高い保険のことを指します。 つまりより多くの自己負担額というリスクを取る代わりに HSA で自分で医療費を管理して運用できるという自由度の高いメリットを享受できます。
よく耳にする Kaiser という保険
ところで、最近は Kaiser という言葉を健康保険ではよく耳にします。Kaiser は HMO の一種 Kaiser Permanente のことで Kaiser の病院が保険と医療の両方を提供する仕組みの健康保険です4。 通常の HMO が医療費を保険会社と被保険者が負担して、病院とは切り離されたものであったことに対して、Kaiser はその両方を提供するというもので、健康保険の一種として人気の高いものです。 しかし、Kaiser の病院は限られた場所にしかないので住んでる場所によっては使えないでしょう。ちなみに、カリフォルニア州で始まったのでカリフォルニア州内にはそこそこあります。
アメリカでの健康保険選び
以上、どれもこれもリスクが高ければメリットが大きく、リスクが低いとメリットも少ないというわけで、これらを組み合わせて自分に最適なもの自己責任で自由に選んでくださいね! っていう事になってます。
医療サービスを受ける上で、どのお医者さんに診てもらうか、どんなサービスを受けるかも基本的には自分で決める必要があって、日本のようにどのお医者さんに診てもらっても同じ値段というわけではありません5。
そして保険会社と病院と患者はそれぞれが独立していて、契約している保険会社の HMO や PPO のネットワークから病院が外れることもあるし (その場合は、HMO だと保険適用の手段がなくなる、PPO だと支払額が増える)、保険の適用をするのは患者と保険会社の間でのやり取りだし、それぞれが独立して責任を負っています6。
と、このように、基本的に医療というサービスとそれに対する保険というサービスについても、自分で情報集めて選びとって頑張ってね! となっているので、アメリカに来たばかりの僕はもうホント意味プーで正直テキトーにみんなが入ってるらしいという保険を選んでいたのは秘密です。
まったく、アメリカは自由と自己責任の国でありましたとさ。
もう少しだけ細かなお話
実は上には書かなかったのですが、実際の負担額は deductible だけで決まるのではありません。実際には Co-Pay (特定の額は自分で払ってね) や Coinsurance (特定の割合は自分で払ってね)、Out-Of-Pocket Maximum (年間における自己負担額の最大値)、Lifetime Limit (一生で受けることができる保険支払いの最大値) などパラメータがもっとあります7。
また、ここで紹介した保険の仕組みについては、基本、健康保険の保険者は自分が働いている会社なので、退職すると保険がなくなったりします。その間 COBRA という制度である一定期間、同じ保険を同じ条件で使うことができます。保険料は自分で負担することになりますが。Cal-COBRA はそれのカリフォルニア州版ですね8。
ちなみに先の HSA はその口座個人に属するものなので、退職や転職をしても手元に残ります。自分で医療について考えて運用してね、ってのが狙いなので、そうなってます。
以上、ざっくり説明なので言葉が間違ってる点、そもそも理解が誤ってる点、タイポの指摘などございましたら、是非 @niw まで教えて下さい!
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医療保険以外のことは書いてないので修正しました。歯医者についてはまた医療保険とは別の保険があります。眼科も医療保険ですが、またちょっと別の Vision という保険があります。 ↩︎
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HMO についてこういう指摘をうけましたので加筆、修正しました。
@niw ブログ読み返したけどHMOの説明がいまいちピント外れかも。HMOは、primary physicianを決めてどんな症状でも最初はその医師を受診しなきゃいけない。でどの専門医を受診するかはprimary physicicanが決める。これがPPOとの最大の違い。
— Jun Seitaさん (@jseita) 10月 15, 2012 -
EPO についても書いて、と返事を頂きましたので加筆、修正しました。
@drikin @niw EPO=ネットワークの中だけで有効なPPO。ネットワークの中なら専門医に直接受診できる。
— Jun Seitaさん (@jseita) 10月 15, 2012 -
Kaiser についても書いたほうがいい、という返事を頂きましたので加筆しました。
@niw 病院が運営する保険ですね。会費制病院。d.hatena.ne.jp/michikaifu/201…
— Jun Seitaさん (@jseita) 10月 15, 2012 -
このようなご指摘を頂きました。
@niw 内容はすばらしいけど日本から来た人に向けて前提として2点。1)アメリカの医療行為には定価が無い。なにを請求するかも。手術室で一瞬履かされた使い捨てスリッパ、なんてのも請求されることも。日本は全国均一価格で厚生労働省が価格表を決定。
— Jun Seitaさん (@jseita) 10月 13, 2012 -
日本との大きな違いという点でこのようなご指摘を頂きました。
@niw 2)日本では患者は自己負担分だけに責任があるが、アメリカでは、全費用が患者の責任。医療保険は患者への保険。気を利かして先回りして病院に送金してくれる保険もあるが、それはあくまでもサービス。患者ー保険間でもめても病院は感知せず、ただ全額完納まで追求される。
— Jun Seitaさん (@jseita) 10月 13, 2012 -
このような指摘を頂きました。
@niw Co-Pay/Co-Insuranceとの兼ね合いがあるのでdeductibleが低いほうが常に良いとも限らない。。
— Tatsuhiko Miyagawaさん (@miyagawa) 10月 13, 2012 -
このような指摘を頂きました。
@niw あと会社の保険はいってて(たいていそうだけど)会社退職すると無職の間あるいは次の会社が保険セットアップするまでCOBRAもしくはCal-COBRAてので、前の会社のPremium負担分も自費にするので引き継げる。など。
— Tatsuhiko Miyagawaさん (@miyagawa) 10月 13, 2012